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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)7815号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

第一  原告らの請求

(第一事件、第三事件)

一  被告株式会社朝日新聞社は、原告らに対し、各金五〇万円及びこれに対する、原告株式会社シティズについては平成三年一〇月四日、その余の原告らについてはいずれも同年八月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社朝日新聞社は、原告らに対し、被告発行の朝日新聞朝刊(東京本社、大阪本社、中部本社、西部本社及び北海道支社の各全域版)に、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を別紙(三)記載のとおりの条件で二回掲載せよ。

(第二事件、第四事件)

一  被告株式会社日本経済新聞社は、原告らに対し、各金五〇万円及びこれに対する、原告株式会社シティズについては平成三年一〇月四日、その余の原告らについてはいずれも同年八月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社日本経済新聞社は、原告らに対し、被告発行の日本経済新聞朝刊(東京本社、大阪本社、西部支社、名古屋支社及び札幌支社の各全域版)に、別紙(二)記載のとおりの謝罪広告を別紙(三)記載のとおりの条件で二回掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、原告らにおいて、被告らが各自の発行する新聞紙上に、父親が保険金目当てに娘を殺害した事件(いわゆる美子ちゃん事件、以下「本件事件」という。)を報道するに当たつて、その動機の背景として「サラ金」からの借金の存在等を指摘する記事を掲載したことが、消費者金融業者である原告らの名誉を毀損するものであると主張して、不法行為に基づく損害賠償の支払及び名誉を回復する処分として謝罪広告の掲載を求めた事案である。

一  当事者(当事者間に争いのない事実)

1  原告らはいずれも消費者に対する無担保融資を主要な業務とする消費者金融業者である。

2  被告株式会社朝日新聞社(以下「被告朝日」という。)は、全国的規模で「朝日新聞」という名称を付した日刊新聞紙の発行をしているものである。

3  被告株式会社日本経済新聞社(以下「被告日経」という。)は、全国的規模で「日本経済新聞」という名称を付した日刊新聞紙の発行をしているものである。

二  被告らによる記事の掲載(当事者間に争いのない事実)

1  被告朝日は、平成二年一二月二〇日付朝刊の社会面に「美子ちゃん殺人 父を逮捕」「『保険金目的』と供述」「遊興費かさみサラ金苦」との五段抜きの見出しのもとに、「伝司郎容疑者は『サラ金返済に困り、娘にかけた二千万円の保険金目的に殺した』と自供しているといい、同県警で裏付け捜査を急いでいる」「これまでの調べや自供では、同容疑者は約四十二万円の月収を得ていたが、スナックでの飲み代、パチンコ代などの遊興費がかさみ、サラ金などに約一千五百万円の借金ができた。しかし、返済に困り、三年ほど前、美子ちゃんにかけた普通死亡保険一千五百万円(災害死亡時は二千万円)に目をつけ、美子ちゃんを殺し、その保険金で借金を返そうと計画した、という」との本文を含む別紙(四)記載のとおりの記事(以下「本件記事一」という。)を掲載した。

2  被告日経は、同日付朝刊の社会面に「女児殺害、父親を逮捕」「二〇〇〇万円の保険金目当て」「サラ金に一五〇〇万円の借金」等の五段抜きないし三段抜きの見出しのもとに、「木下容疑者はパチンコやスナックの飲食代などでサラ金に約一千五百万円の借金があり『二千万円(事故死亡の場合)の生命保険金目当てにやつた。美子にすまない』などと動機を供述、捜査本部は計画的犯行とみてさらに追及している」「木下容疑者は以前から私生活が乱れ、パチンコや酒代などでサラ金からの借金がかさんでいた。このため三年前に他の子供と一緒に美子さんに掛けていた災害死亡時二千万円の保険金をその返済に充てようと企てたとみられ、捜査本部は美子さんを路上で待ちぶせ、殺害した計画的犯行との見方を強めている」とのリードないし本文を含む別紙(五)記載のとおりの記事(以下「本件記事二」という。)を掲載した。

三  原告らの主張の要旨

1  被告らは、それぞれ本件記事一ないし二を掲載した朝刊を全国に渡つて各数百万部頒布した。

2  被告らが使用する「サラ金」という用語は、貸金業者の一二の業態のうち消費者向無担保貸金業者を指称し、消費者向けの無担保貸付を主要な業務とする原告らを包含する一種の集合名詞である。

「サラ金」という用語は、昭和五八年の貸金業法制定の前後、被告らマスコミを中心に行われた「サラ金」非難の大合唱によつて作られた、苛酷な取り立て・過剰融資・高金利(いわゆるサラ金三悪)によつて債務者が自殺・犯罪行為・行方不明等の悲惨な状況に追い込まれる「サラ金被害」という誤つたイメージと密接不可分に使用される。

3(一)  本件記事一(被告朝日の記事)

本件記事一は、五段ないし四段抜きの見出しで、

「美子ちゃん殺人 父を逮捕」(一行目)

「『保険金目的』と供述」(二行目)

「遊興費かさみサラ金苦」(三行目)

と並べ立てている。

読者は、一行目の大見出しで「女児を父親が殺した」事件に驚愕し、二行目の大見出しで「保険金目当て」と知り、極悪非道の鬼畜のような父親だと憤激し、三行目の「サラ金苦」の大見出しで、子殺しの父親もサラ金被害者だつたのか、一番悪いのはサラ金なんだと考えて、「サラ金」に対する憎悪その他の悪印象を抱くことになる。さらに、本文の記述により、「サラ金」に対する悪印象を重ねて心に刻みつける。

(二)  本件記事二(被告日経の記事)

本件記事二は、三段ないし五段抜きの見出しで、

「女児殺害、父親を逮捕」(一行目)

「二〇〇〇万円の保険金目当て」(二行目)

「サラ金に一五〇〇万円の借金」(リードをはさんで三行目)

と並べ立てている。

読者は、前記本件記事一に対するものと同様に「サラ金」に対する悪印象を抱くことになる。本件記事二の場合には、「サラ金苦」という表現はないが、二〇〇〇万円の保険金と一五〇〇万円のサラ金の借金という数字を指摘し、保険金額と借入金額の符合性及び借入金額の過大さを強調することにより、子殺しの父親もサラ金被害者だつたのか、という印象を読者に与えている。さらに、本文の記述により、「サラ金」に対する悪印象を重ねて心に刻みつける。

(三)  本件記事一、二は、いずれも天人とも許さざる戦慄すべき殺人事件の原因があたかも「サラ金」すなわち消費者金融業者の一五〇〇万円という過大な融資にあるかのごとく描いている。特に、見出しは記事の要点を端的に表示したもので、読者は行間を自らの先入観で補充して記事の趣旨を理解するところ、先頭の見出しで驚くべき殺人事件を報道し、次の見出しで保険金目当てという殺人の動機を説明し、さらに最後の見出しで犯人がそのような動機持つに至つた原因が「サラ金被害」にあると説明している。

そして、最後の見出しには、保険金目当てというだけでは人間にとつてこの世で一番可愛いはずのわが子を殺す動機として不十分であり、「サラ金被害」がこの犯罪の根本原因である旨の説明を加えて初めて完結する。つまり、「サラ金被害」という既成の誤れるイメージを梃子にして、子殺し報道に接した読者のやり場のない鬱憤を「サラ金」に向けて誘導し、真の悪者は背後の「サラ金」だつたのだという形で読者にカタルシスを与えている。これらは、意図的な編集方針に基づく悪意に満ちた巧妙な商業主義である。

(四)  一六〇〇万円にのぼると推測される木下伝司郎容疑者(以下「木下容疑者」という。)の借入金のうち、消費者金融業者からの借入金は、約二〇八万円(六社合計)に過ぎず、その余の借入金の大部分は生命保険会社等からの借り入れだつたのである。本件記事一、二は、消費者金融業者に対する偏見のもとに、虚偽の事実を捏造し、あるいは、事実を歪曲した上で、消費者金融業者の過大な融資が極悪非道な殺人の根源であるかのように印象づけ、全国の数百万人の読者、さらには社会一般をして消費者金融業者たる原告らに対する憎悪や偏見その他の悪印象を抱かせたものである。

4  本件記事一、二の掲載頒布行為によつて、「サラ金」すなわち消費者金融業者(貸金業者のうち全国約八五〇〇社の消費者向無担保貸金業者)である原告らは等しく名誉信用を毀損され、精神的苦痛を被つた。右名誉信用の毀損及び精神的苦痛を金銭的に評価すれば、各原告について金五〇万円を下らない。また、原告らの名誉を回復するためには原告らの請求二及び四に記載の謝罪広告の掲載が必要である。

5  よつて、原告らは、被告らそれぞれに対し、不法行為に基づき、損害賠償として原告らに対し各々金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ、名誉を回復するための処分として前記各謝罪広告の掲載を求める。

四  被告朝日の主張の要旨

1  原告の主張する本件記事一は、被告朝日の東京本社版であり、大阪本社版、名古屋本社版、西部本社版は見出し及びその大きさが異なる。

2  「サラ金」の用語は無担保の場合に限らず広く消費者向貸金業者を指称するものである。

「サラ金」あるい「サラ金苦」という用語は、原告ら主張のごとき「サラ金被害」とは明らかに別物である。なお、「サラ金被害」は実態として存在していたものである。だからこそ社会問題として取り上げられ、国会において貸金業の規制に関する法律が制定されるに至つたのであり、マスコミがキャンペーンによつて作り上げたものではない。

3  犯罪報道で「サラ金苦」という表現を用いたからといつて、直ちに「サラ金被害」によつて犯罪に追い込まれたとの印象を与えるものではない。

本件記事一は、本件事件の原因が消費者金融業者の過大融資にあるとの指摘はなんら行つていない。また、本件記事一は、群馬県警察本部の平成二年一二月一九日の正式記者会見での「サラ金などに約一五〇〇万円の借金ができ、その返済に困り被害者を殺しその保険金で借金を返そうと計画した」との発表に基づくものである。

4  本件記事一の「サラ金」は、木下容疑者に融資をしていた特定のサラ金業者を指しており、集合名詞としてのサラ金業者一般について述べているものではなく、また、原告らについて摘示しているものでもないから、原告らの名誉を毀損するものではない。

五  被告日経の主張の要旨

1  原告の主張する本件記事二は、被告日経の東京本社発行の東京第一四版であり、首都圏の同版販売地域において頒布したものである。

2  本件記事二は、本件事件そのものの報道を目的としたもので、「サラ金」の悪性を報道しようとするものでないことは明らかであり、ましてや消費者金融業者が父親を子殺しに追い込んだと報じているものでもない。

3  本件記事二は、消費者金融業者の過大融資が本件事件の根源であるかのように印象付けたり、社会一般をして消費者金融業者に対する憎悪や偏見を抱かせるようなものではない。なお、本件記事二は、群馬県警察本部の平成二年一二月一九日の正式記者会見での発表に基づくものである。

4  「サラ金」という集団はその構成員が極めて多数であり、一般人をして一義的にその具体的構成員を特定して想起させないものであるから、「サラ金」といつた表現だけでは、およそ「サラ金」という集団を構成する各構成員に対する名誉毀損は成立し得ない。

本件記事二における「サラ金」は、木下容疑者に融資をしていた特定のサラ金業者を指しており、集合名詞としてのサラ金業者一般について書いているものではなく、また、原告らについて具体的事実を摘示しているものでもないから、原告らの名誉を毀損するものではない。

第三  当裁判所の判断

一  本件記事一、二の要旨は、先にみたとおり、実子殺しの犯人が父親であり、殺害の目的は生命保険金の取得にあつたことを報道し、さらにその背景として犯人が「サラ金」などに多額の借金があり返済に困つていたことを伝えたものである。「サラ金」との関係の指摘は右の限度にとどまつており、サラ金業者の過剰融資や高金利が生活の破綻をもたらしたとか、サラ金業者の取り立てが苛酷なもので木下容疑者を犯行に追い込んだとかの具体的な記述は一切なされていない。本件記事一の見出しに「サラ金苦」という表現はあるが抽象的なものにとどまり、具体的な内容は示されていない。他方、前記のとおり、多額の借金の原因はパチンコやスナックの飲代などの遊興費や私生活の乱れにあることが具体的に記載されている。したがつて、右記事を素直に読むかぎりは、仮に一般読者の「サラ金」に対するイメージを前提としたとしても、本件記事が本件事件をいわゆるサラ金被害の一例とし、非難をサラ金業者に向けているものとは解されない。

これに対し、原告らは、右記事を読んだ一般読者は保険金目当てに実子を殺した父親に憤慨したのち、「サラ金苦」の大見出し(本件記事一)や過大な借入金額の見出し(同二)等によつて子殺しの父親もサラ金被害者だつたのか、一番悪いのは「サラ金」なのだと考え「サラ金」に対する憎悪を抱くと主張し、さらには、右記事はサラ金被害という既成の誤れるイメージを梃子にして子殺しの報道に接した読者のやり場のない鬱憤を「サラ金」に向けて誘導し、真の悪者は背後の「サラ金」だつたのだというかたちで読者にカタルシスを与えようとする意図的な編集方針に基づく悪意に満ちた巧妙な商業主義であるとまで主張する。しかし、本件記事の前記のような内容に照らして右のような主張は到底採用できない。

二  また、「サラ金」というのは消費者向無担保貸金業者に対する一般的な指称であつて、それらが一定の組織や方針の下に統合されているわけではないから、仮に本件事件の背景事情として借金(しかも、事実に反する多額の借金)の存在が示され、その返済に困つていた事情が指摘されたことによつて、一部の読者が苛酷な取り立てなどを連想して非難をサラ金業者に向けることがあり得たとしても、それはあくまでも本件記事一、二が対象としている木下容疑者に対して融資をしていたという特定の業者に対してであつて、全国八五〇〇社というサラ金業者一般に対するものではあり得ない。そうだとすれば、これによつてその他の原告らの名誉が毀損されるとはいえない。また、当該融資を行なつていた業者に関しても、業者名などが明示されているわけでもなく、その他これを特定する手掛かりになるような事項には一切触れられていないのであるから、これにより、それらの者の名誉が毀損されたともいえない。

三  もちろん、特定のサラ金業者の非違が報道されることによつて、サラ金業務一般の社会的なイメージが悪化するといつたことも考えられないわけではないが、通常の場合、それはあくまでも当該報道の間接的、反射的な影響にとどまるものというべきで、当該報道によつてサラ金業者全体に対する名誉毀損が成立するとみるべきではない。

もつとも、当該業者について高金利、過剰貸し付け、苛酷な取り立てといつたような業態が具体的に指摘されたうえで、さらに進んでそれが業界一般の姿であるというような記述がなされた場合などには、さらに検討しなければならない問題が生じ得ようが、本件記事がこれにあたらないことは前記のとおりである。

四  さらに、原告らは、「サラ金」という集合名詞の下に本件記事により全国八五〇〇社の消費者金融業者の名誉が直接毀損されたとも主張する。これはいわゆる集団に対する名誉毀損の成否の問題であるが、そもそも、ある集団ないし業界がそれ自体として名誉を毀損されるということはあり得ないというべきであるし、また、個人が、その属する多人数で構成される集団あるいは業界について一般的な指摘がなされることによつてその名誉を毀損されることもあり得ないと解すべきである。したがつて、仮に本件記事に「サラ金」一般に対する非難の要素が含まれていると仮定してみても、その非難は、サラ金業界に対する概括的かつ一般的な非難にとどまるものであつて、当該業界に属する個々の業者を非難するものではないのであるから、これによつて、個々の業者の名誉が毀損されることはないと見るべきである。すなわち、これに関して原告らの主張するような意味での民法上の不法行為は成立しないと解するべきである。

五  したがつて、被告らの本件記事一、二の各朝刊への掲載及び頒布行為は、原告らの名誉を毀損するものではないといわざるを得ない。

よつて、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 内藤正之 裁判官 田村政巳)

《当事者》

第一事件、第二事件原告 アース株式会社

右代表者代表取締役 太田 栄 〈ほか四九九名〉

第三事件、第四事件原告株式会社 シティズ

右代表者代理人 谷崎真一

右原告ら訴訟代理人弁護士 河田日出男 同 岡野英雄 同 平田 薫

第一事件、第三事件被告 株式会社 朝日新聞社

右代表者代表取締役 中江利忠

右訴訟代理人弁護士 秋山幹男

第二事件、第四事件被告 株式会社 日本経済新聞社

右代表者代表取締役 新井 明

右訴訟代理人弁護士 米田 実 同 辻 武司 同 松川雅典 同 四宮章夫 同 田中 等 同 田積 司 同 米田秀実 同 阪口彰洋

右訴訟復代理人弁護士 西村義智

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